春夢3

「何が始まりかって? たぶん蜘蛛だよ。ほら、あの、昨日だっけ? 眠っている蜘蛛に小さい傘を被せてあげただろ? あれ。あれが全ての原因なんだよ」

 確かにな、ぼくはそう答えた。確かにそれがスタート地点だったと思う。ぼくが傘を譲ってやったあの蜘蛛は間違いなく眠っていた、百パーセント、疑う余地なく。そうして、今、ぼくらは綿飴の中に入ってしまったかのように、白いふわふわに囲まれている。

 白いふわふわに向かって、床に落ちていた雑誌を投げつけてみる。どうってことはない、ふわふわにぶつかり跳ね返って床に落ちた。触ったところで、ピアノ線みたいにぼくらを切り刻むことは無さそうだった。蜘蛛に傘を譲った他に、綿飴に手を差し伸べた記憶はないから、間違いなくこれは蜘蛛の糸なのだろう。それも粘つかないまるで毛糸のような蜘蛛の糸なのだろう。

「出口はなさそうだ」ふと思う。こいつは誰なんだろう、この男は誰なんだろう? ぼくは確かに昨日、眠っている蜘蛛に傘を差し出した。が、そこに、こいつ、居たか? まるで自分も居合わせたかのような顔をしているが、ぼくは昨日、一人だっただろう?

 すでに何もかもが遅かった。ここには出口なんてないのだから。外に出ることはできないのだから。心臓の鼓動がよく聞こえる。どくん、どくんと脈打つ音が足元から体を伝わってくる。足元から? 足元から鳴る音でぼくの体は揺らされていた。

 ふと視線を上げると、男が笑ってぼくを見ていた。