春現9
原体験が何か疑問に思う、例えば街の隅に漂う幽霊、例えばランドセルの蓋が開いたり閉まったりする時の音、例えば窓越しに聞く友人たちの声。物心ついた時からぼくはひどい近眼だったから、何かを思い出すときは決まって匂いや音、もしくはその時にどんな事を考えていたかが先行する。映像は殆ど思い出せない。
メガネが嫌で、コンタクトレンズに頼りきりになった頃には前髪を伸ばして視界を塞いで何も視なくて済むようにしてしまったから、高校生までの思い出なんか無く。
だから、ぼくの文章にでてくる色彩の多くは出鱈目なんだと思う。ぼくが音を聞き、匂いを嗅ぎ、そうして脳内で勝手に色をつけるから、青っぽい幽霊が街の至る所に居るのだと思っていたりする。
でもそれでもいいような気がする。何かを見ていないからといって、すべてを見ていない訳ではきっとないのだから。
ぼくが聞いた音や嗅いだ匂いは何かを見ていないからといってすべからく否定されるものではないのだから。